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「武士道」の起源
「 武士道」について(武士道の起源)

「武士道」とは、封建社会下の武士階級の倫理、価値規準やそれらの元

になった思想一般です。

「武士道」の起源ということですが、歴史的事実である記録に関して

ます前書きということで、簡単に記載しておきます。

書籍に見える「武士道」は1958年出版の「甲陽軍艦」に現れますが、

江戸時代にいろいろ手が加えられ、原形は不明となっています。

しかし、江戸時代という平和な世を維持するための高潔な人格を尊ぶ

道徳性を身につけるための物語として利用されたようです。

「武士道」の体系化に大きな影響を与えたのが、山鹿素行によって

確立された「士道」(士道という書籍名は無い)です。

儒教的な倫理(仁義、忠孝)が武士に要求される規範となり、その後の

「武士道思想家」に大きな影響を与えたようです。

また山岡鉄舟が、神道、儒教、仏教などを念頭におき「武士道」1860

を著しています。現代においては、「新渡戸稲造」著の「武士道」1900

(明治33年)が世界中で広く知られています。国連事務次官でもあった

新渡戸は世界平和の為に東奔西走しましたが、その夢は叶わず晩年は

失意の日々を過ごしたようです。「武士道」の本意は明らかに平和を願う心

から発したものでありますが、なかなかその本意は理解されないように

思います。最後に「武士とは死ぬことと見付けたり」の一節が印象的だったり、

三島由紀夫が取り上げたりした山本常朝の「葉隠」も時として「武士道」

の代表として取り上げられますが、「忠」「義」の批判、等から、「武士道」

本質からは外れた思想として広く普及はしなかったようです。後世、この

思想が軍国主義に都合良く用いられたことから「武士道」=「軍国主義」と

曲解されることもありましたが、少なくとも「武士道」本流ではないとい

えます。

次回は、新渡戸稲造の「武士道」と「武士道」が形成されてきた

思想的背景つまり、本当の「武士道の起源」を探ってみたいと思います。

                         つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

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