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「武士道」が発生した思想的背景を探ります。

  「武士道」が発生した思想的背景を探ります。

せっかくですから、ちょっと変わった角度から検証しましょう。私の研究の専門領域である「工芸」における思想史でも日本人とはどんな民族か?というテーマは頻繁に使われます。そのあたりから論点を注出し、そこから「武士道」が一つの思想として成立してきた(必要だったか)その背景の一端を、かいま見ることも出来ると思います。

ご覧下さい

 日本の陶磁の歴史は、現在の出土品から、約13000年とされています。意外なことに日本の出土品が世界で一番古いものです。11000年が縄文系の土器類、1000年が弥生系の土器を制作していたようなので、日本の陶磁史は、12000年の土器の時代と1000年のその他の陶磁の時代ということになり、祖先は当初土器ばかり作っており、1000年の間に急激に陶磁の世界は発展した。ということが分かります。ここで一つ問題になることがあります。陶磁器には「土器」「陶器」「磁器」「色絵磁器」という技術的発展系譜がありますが、この過程の技術的な発展を自力で実践したのが、中国と西アジアだけであるということです。他の地域でも陶磁器は製産されますが、それはこの二つの地域からの技術導入によってなされた経緯があります。日本の場合も同様です。

 皆さんもご承知の通り、日本の陶磁器は技術的にも芸術性でも世界的に見ても高水準のものでした。特に江戸時代の伊万里(柿衛門様式、鍋島様式)は、大きな外貨収益を上げていますが、その背景にも、先ほど述べたような裏事情が潜んでいたわけです。この辺りを少し探って行くと、日本人の特性の一端が見えてくるのです。

 窯と築窯技術、窯焚きの技術、轆轤と轆轤技術、選土技術、釉薬、釉薬作り、など、陶磁器作りに関係するほとんどの技術は、時代の差こそあれ中国、朝鮮からの輸入であったということです。

 優れた日本産の陶磁器がある一方、その技術のほとんどは輸入であったという事実から、何が見えてくるのでしょう。

 簡単に検証します。

優れた陶磁器製産は大きな外貨獲得につながりました。たとえば中国では宋から元の時代にかけて、それまで主力だった絹製品を陶磁器の輸出が上回り、宋時代の中国は経済成長期を形成するほどなりました。陶磁器は金、銀に並ぶ主力製品だったのです。

陶磁器は当時最先端産業であり科学的な理論、実験両面での発見が必要で技術的発展はたいへんな労力と犠牲、資本が必要でした。

                       つづく

 

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