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師に対する忠義
倉石はこことは別に剣道ブログをしていますが
なぜかこちらの方がアクセス数が多いです。
そこでこちらに記事を引っ張ってきました。

「師に対する忠義」に関して記載します。
剣道では「守破離」という言葉から、師に対する姿勢を連想できます。
しかしこれは剣道用語だけではありません。
「道」のつく世界では、ほとんどすべて、この世界観を共用しています。
能の世界で「世阿弥」が提唱。
「千利休」が広め、広く知られるようになったとされています。

規矩作法  守り尽くして
破るとも  離るるとても
本ぞ忘るな

利休の言葉です。
今更、釈迦に説法のように思いますが
 
守 基本を会得する。
破 基礎を応用する。
離 独自の世界を形成する。

ここから、単純に連想するところ、ひたすら師の教えを守り、稽古精進する
ということになるのでしょう。

剣道の目的は一つであります。初心者も高段者も、子どもも大人も
稽古の方法は様々あっても同じ目的に集い修練できます。
その目は剣道の世界だけでとどまるのでなく
人類の繁栄、世界平和に向けられていること
剣道精神を社会で生かす事を求めています。
そこがすばらしいのです。

全日本剣道連盟の剣道に関する記載からこのような文面が見えます。
剣の理法の奥にある、武士の精神を学ぶ事が重要であると記載しています。

新渡戸稲造の武士道では
以下のような記載があります。
「武士道は主君の為に生き、そして死なねばならない。しかし、主君の気まぐれや、突発的な思いつき等の犠牲になることについては武士道は厳しい評価を下した。 (中略)
奴隷のように追従するばかりで、主君に従うだけのものは「寵臣」と評された。家臣がとるべき態度とは、主君が進むべき正しい道を説き聞かせることにある。
としてあります。

次に、武士道の精神とは東洋哲学の粋であるということです。
哲学には2つの潮流があります。
一つはギリシャ思想、キリスト教思想を源流とする、西洋思想
もう一つが、東洋哲学、東洋思想ということですが
東洋思想の良さは見直されてきていますが、現在の主流は西洋思想です。
この二つの思想に関する比較は後日いたしますので、今回は項はこれ以上割きません

東洋思想、東洋哲学の特徴は、人と自然をあえて分けず、人も自然の一部として
扱うところにあります。
しかし、ある一定の結論を導きだす際の根拠が、その人の
人生経験や、信念に基づく事も多く
分析的な追求に耐えない面がある事は否めないところです。
武士道形成の背景には、そのようなこともあるという事を知っておく事も大切です。

その辺りを勘案すると、本当の剣道修行とは、私たちが単純に考えているものとは
少し違うように思います。

何が言いたいのかということですが
少々時間がございます。
これを読んだ皆さんでお考えください。

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