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「S先生怒る」
 倉石です。
まず、最初に
東北関東大震災で被害に遭われた方々に、改めてお見舞い申し上げます。
現在も収束したとは言いがたく、原発関係の影響がさらに広がる様相をみせております。
一刻も早い事態の収拾と復興をお祈り申し上げます。

さて
話しは変わりますが
先日来の予告記事です。
題して
S先生怒るその1 
S先生はあまり怒りませんでした。授業、講演ではよく話されましたが、通常は口数は少なく、
感情は表に出されない先生でした。
よって、私もあまり怒られたことはありませんが、何度かは怒られたことがありました。
その事が、後の倉石の制作や教授法に大きな影響を与えた事は間違いなく
系列の話しをするのなら、それは理解しておかないといけないかもしれません。

 忘れもしない、倉石が大学4年の夏です。同級生は教採で忙しく、美術棟には「人け」がありません。朝8時に登校、2時間ピアノ棟でピアノを弾いて、10時から一人ろくろを一日中引く毎日でした。
 当時は益子、笠間に行き、安い材料を買い込んだり、工房を見学して、職人さんの技法を盗んでおりました。もう陶芸でやっていく事を決めていましたので、数引き、大量生産技法を身につけようと考えておりました。
 で、そのときは湯のみの削りをしておりました。そして、どこの工房でもみる、器をぽんぽんとたたいて真ん中に据えることも、当時は3回程度たたけば芯を出せるようになっていました。そこにS先生が音もなくやってきていました。
 「そんなことはやめたほうがいい」
いきなりそう言われました。 かなり驚きました。
 「そういうことでは良い作品は作れない。良い作品を作る工夫をしないとだめだ。」
そういわれて去っていかれました。
 手は完全に止まりました。考えました。
もちろんすぐには結論は出ませんので、しばらく悩みました。が
結論は意外に早く出ました。
 良い作品作りの技術や思考と量産のそれとは全く原理が違うものです。
それをごっちゃにするな、という事だろうと思いました。
当時は、たしかに、ぽんぽんできる器を見ながら、少しはうまくなったと考えていました。
頭の中でその辺りがごっちゃになっていた事は否めないところでした。
しかし、それは良い作品が出来たのではなく、量産技術が多少向上しただけなのだということでした。
 若者が大志を持つ事を望まれていた先生には、まず、よい作品を作る努力、コンセプト等を作る努力を望まれておられました。
 陶芸といっても美術の中の一部、良い作品とは陶芸だけの狭い世界で理解されるのでなく
他分野の中でも通用する陶芸作品を作る。そういう思考が形成されたのはこの頃です。
 言うのは簡単、するのはたいへんなことでしたが.......。
若いころは、どちらを優先するかですが、良い作品を作る事を優先する事を、S先生同様おすすめします。量産はそれからお考えください。
 さて
 倉石は学生さんには、削りで、ぽんぽんたたいて芯を出す方法を一切教えませんが、上のお話からご理解いただけたと思いますが、そういうことです。まあ、倉石的トラウマですね
 ただし、人前ではやりませんが、一人で量産するときは、陰でやっております。
やっぱり早いので。
 作品作り、量産作りの考えをしっかり分け、取り組む事が必要でしょう。
それは、成形だけでなく、デザイン、絵付け、などの分野に及ぶ事もお忘れなく。

第一話終了

S先生怒るその2 (嘆バージョン)
 倉石です。
S先生怒るその2 (嘆バージョン)です。
S先生の陶芸に対する姿勢がよくわかるエピソードです。

4年になれば、窯も学生の判断で自由に使えました。
いろんなものを焼いていました。オブジェ、器類......
その日はたまたま窯出しをしておりまして
私と数名の同級生が、それをネタになんだかんだと盛り上がっておりました。
そこへ、S先生が通りかかり、覗いて行かれました。
あーでもない、こーでもないと同級生が話しています。
その話しの中で、テーブルの上のものを「品物(しなもの)」とか、
なんとか言っている言葉に
S先生が反応されました。
私が作った少し大きめの「とっくり」を手に取って一言
「なかなか良いじゃないですか...」
「これは品物ですか.....」
「ふ〜ん、絶望的ですね」とおっしゃいました。
私が言ったのではないですが
凍りましたね.....。

今から思い出しても、S先生が、焼き物を「品物(しなもの)」と言ったのを聞いたことがありません
どんなものでも、ほとんどの場合「作品(さくひん)」時として稀に器類は
「器物(きぶつ)」とよんでおられました。
 
 陶磁器も他の分野の作品と同等である。
 どのような「器物」であっても人の手によって生まれるものは、それはある意味
 その人を表わしているののだから、
 その扱いを徹底すべきだろうというお考えから発しているのだろうと考えました。
 
 まだ、当時は焼き物の地位は現代美術の中では非常に低いもので、
 現代美術の中に懸命に入りこもうとする我々若手に面と向かって
「焼き物屋は壷茶碗でも焼いていればいいんだよ」
 そういう、彫刻家や画家、評論家が多かったのです。
 国際現代美術展等、現代美術のなかにいち早く参加されていたS先生は
 陶芸の地位向上の為、一般参加で参加され、現代美術展のなかで一目置かれる作家と
 なっておられました。
 その苦労は明治期の板谷先生、富本先生のご苦労に重なります。

 オブジェと呼ばれるものも
 器とよばれるものも
 壷も皿も、すべてその人の化身
 作り手自身がまず、そういう意識を徹底しなくてはいけない
 そうでなければ、焼き物の世界が絵画、彫刻等の分野と同等の作品をつくること
 そういう地平を作る事は難しいと思います。

 人からの願いであっても
 自分をちゃんと作れているのか.......
 オブジェは作品だけど、器は品物......別々のとか.....

 あのときのS先生の嘆きは、いつも共にあります。
「絶望的ですね..」
 皆さんは、どうですか。


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Comments
久しぶりに深い話を聞きました。深い話には、少し悲しみの色がにじんでいますね。確かカフカ?が芸術は不幸の意識だといったような記憶があります。
harahiro
2011/04/25 10:54 PM
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