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学生に剣風は無い!!........とは厳しい。
 
同じ職場の同僚のY八段が当方の研究室に来られました。
退院後、稽古の開始が少し早かったことなどを
御心配いただきました。

Y八段はつい最近まで、剣道の雑誌で子どもたちのための特集記事を書いておられましたので
心当たりがある方もおられるかもしれません
八段でも警察出身でなく、教育畑の方なので貴重な人材です。

いつも仕事では一緒ですので、気軽にお話もするのですが
こん回、何気ない話しの流れの中で、鳥肌が立つお話がありましたので
書こうと思いました。

やはり当方も教育が専門ですので、どうしても、武道の必修化や、子ども達の指導法などに
話しが及びます。
その中での、当方の気軽な発言に対するY八段の発言の中に剣道の厳しさをかいま見ました。

ここ最近当大学の女子が全校大会で活躍。それはそれで喜ばしい事です。
一通り、彼女らのがんばりなどのお話を楽しげに話されました。
当方が、どこの高校から何人、ここの高校から何人とかの、話しを聞き
公立の普通高校や進学校からの新入部員が多いなどのお話を聞いた後の事です。

当方が、入部してくる学生の高校の幅広い事に驚き
大学から始める学生ももちろんいるが
幼少期から大学まで10年以上続けてきているものが多い
継続してずっと剣道を続けてくれば、それぞれ
剣風があるんでしょうかと気軽に聞いた時の事です。

そこでY八段、即座に
学生(高校生、大学生)に剣風などありません
そう、さらっといわれました。
ぞっとしました。

彼らが連日どれほどの厳しい稽古をしているか私は知っています。
またこれまでどれほど厳しい稽古を積んで来たかも用意に想像出来ます。

それでもなんらかの剣風を形成するには至らないというのです。
これは厳しい..............。

冷静になって考えればそれはそうです。
昭和の剣聖持田盛二氏が残した言葉です。

私は剣道の基礎を体で覚えるのに五十年かかった。
私の剣道は五十を過ぎてから本当の修行に入った。
心で剣道しようとしたからである。
六十歳になると足腰が弱くなる。
この弱さを補うのは心である。心を働かして弱点を強くするように努めた。
七十歳になると身体全体が弱くなる。
こんどは心を動かさない修行をした。心が動かなくなれば、相手の心がこちらの鏡に映ってくる。心を静かに動かされないよう努めた。
八十歳になると心は動かなくなった。
だが時々雑念が入る。心の中に雑念を入れないように修行している。
剣道の目的については
「剣道の目的とは剣の理法の修練による人間形成の道である」
剣道とはなにか
剣道とは
「武士が日本刀を使った戦いを通じ、剣の理法を自得するために歩む道であり
剣の理法の奥にある武士の精神を学ぶこと」
武士の精神の学びとは、まさに武士の日常を学ぶ事です
ということは
剣道修行とは、道場での稽古だけが修行ではなく
私たちの日常生活に及ぶことは言うまでもありません。
つまり「剣道修行とは私たちの日常生活どうあるか」という事だと思います。
つらつらと思います
学生は社会的には自立していません
多くの学生は親のすねかじりです。
そうでなくても
国民から相当額の補助金を受けています。
私は、ほとんどの仕事の時間をこの学生達と過ごしますが
年齢は20を越えていても、どう考えても大人ではないし
一人前の社会人とは到底言えないわけです
Y八段がおっしゃる意味とは
上記した事を総合した中から導きだされる
自然な結果と感じました。
一人前の社会人でありながら
社会の中で様々な重圧に耐え、自分を生かし、人を生かし
子どもを育て、自らも育ち、栄え、そして朽ちていく中に
剣道修行の本質があるように思えます。

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